2011年8月30日火曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動報告会・反省会のお知らせ

被災地障がい児者支援ボランティア活動報告会・反省会のお知らせ

皆さん、この夏はボランティアに参加くださいまして、まことにありがとうございま
した。
おかけ様で、7月25日より開始したこの活動も、皆様の協力により8月23日の活動終了
まで30日間で、延べ167名の方にご参加いただきました。

8月23日にはお世話になりました、白石陽光園・白石あけぼの園・宮城県重症心身障
害児者親の会(守る会)・NPO法人さわおとの森・みのり会るばーとの各施設に挨拶
してまいりました。

今回の活動は23日を持ちまして、一応の区切りとさせていただきます。なお、今後の
活動につきましては、現地からの要請と日程の調整が整い次第、また、皆様にお知ら
せいたします。その折にはまた、こぞって参加くださいますようお願いいたします。

なお、今泉はレンタカー返却など事務処理を済ませ25日に戻りました。

☆被災地障がい児者支援ボランティア活動報告会・反省会☆
◆報告会◆
○日時:9月10日(土)15:00~17:00
○場所:高津養護学校多目的室
(川崎市高津区向ヶ丘16電話044-865-4921)
※東急田園都市線梶が谷駅徒歩12分(向ヶ丘遊園行きバス5分向丘南原バス停より1
分)
○その他:活動中の写真などお持ちの方はご持参ください。

◆反省会◆
○日時:同日9月10日(土)18:00~20:00頃
○場所:東急・JR溝の口駅周辺
○予算:5,000円程度
※詳細は人数確定後お知らせします。皆さんで思い出話に花を咲かせましょう。ま
た、今後のご希望などあればご披露ください。

___________________________
◎参加希望の方は9月5日(月)までに◎
●報告会に参加する(   )
●反省会に参加する(   )
●お名前(          )

(   )に○×印をご記入し、今泉(imasyu@gmail.com)に返信ください。
参加できない方は、是非メッセージをお寄せください。
____________________________

※申し訳ありません。今頃になってしまいました。
27・28日と八ヶ岳に合宿(ソフトボール)で、本日29日は研修講師をしていました。
けして、サボっていたわけではありません。ごめんなさいです。
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今泉修一(高津養護学校)
携帯:090-4662-7139
Mail:imasyu@gmail.com

2011年8月25日木曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(18)


宮城・障害児者支援ボランティア、731~8/2活動報

フクダヒロシ(海老名市社会福祉協議会個人ボランティア、海老名災害ボランティアネットワーク会員)

1 今回の支援活動へ参加した動機

 7月初旬のことですが、神奈川県立高津養護学校の今泉先生たちが企画していた「宮城・障害児者支援ボランティア募集の記事」を海老名災害ボランティアネットワークのメーリングリストで見ました。私は、数ヶ月前から、海老名市社会福祉協議会の個人ボランティアとして、海老名市の障害者団体のスポーツ大会などの支援をしていたこと、私の息子が愛知県の聾学校で3年間ほど教員をしていたこと、退職前は福祉関係の調査や計画策定を業務としてやっていたことなどがあり、災害時における障害者支援について強い関心を持っていました。この記事を見てこの企画に参加することをメールで事務局(今泉先生)に伝えました。「高津災害ボランティアネットワーク」takatsu-saigai-volunet@goolegroups.comの主催で行われた説明会(7月20日)に参加しました。説明会は、高津養護学校の教室で開催され、養護学校の先生たちだけでなく、地域の方も参加していました。

2 宮城・障害児者支援ボランティア活動の企画内容


 高津災害ボランティアネットワークは、川崎市の等々力アリーナに設置された避難所の支援に数百名の市民が集まったことを契機として、その後、高津養護学校の今泉先生たちを中心に結成され、被災地にボランティアバスを2便出したそうです。

 今回の企画は、今泉先生が宮城県の障害者団体や宮城県教育委員会に連絡し、宿泊拠点となる福祉施設や支援活動をする障害者施設を紹介してもらうことにより実現したものです。企画のポイントは、次の点にあります。

①宮城県内で開催される障害者スポーツ大会の支援ボランティア活動に参加する(728日の七ヶ宿町、731日の山元町、810日の気仙沼市、822日の岩沼市。

②スポーツ大会の日程の前後に障害者デイサービス施設(白石市、名取市、利府町)で、障害児者の見守り等のボランティア活動に参加する。


③宮城県南部の被災地(山元町、亘理町、名取市など)を視察する。

④白石市にある「授産施設白石あけぼの園」を宿泊場所として利用させて頂くことができる。


⑤宿泊場所の白石市までは参加者がそれぞれの交通手段を使って行き、現地での移動の自動車は事務局(今泉先生)が手配している。

3 白石蔵王駅に到着、海老名市と交流してきた白石市の小学生たちと出会う

 海老名市を午後に発ち、東北新幹線の白石蔵王駅に午後5時頃、到着しました。駅を降りると、6名の小学生と付き添いの先生、それに出迎えに来た親や先生たちが集まってミーティングを開催していました。横で話を聴いていると、何という偶然か、私の家から3分のところにある「海老名市立東柏ヶ谷小学校」と交流して帰ってきたところだったのです。私の息子が海老名市立東柏ヶ谷小学校の5年生の頃、私がPTA会長をやった小学校でした。

 海老名市と姉妹都市提携をしている白石市は姉妹都市提携をしています。東日本大震災の後、こうした交流が続けられていたことを知って感動しました。

4「白石あけぼの園」に宿泊(730日夜)

 

白石蔵王駅に迎えにきてくれた今泉先生と一緒に車に乗り、近くのスーパー銭湯で風呂に入り夕食を済ませて、「白石あけぼの園」に着きました。白石あけぼの園は、東北本線白石駅から車で20分くらいの山の斜面に立地しており、緑豊かな環境の中にあります。

 同じ敷地内に、白石陽光園と白石寿光園の建物があります。これら三つの園は、社会福祉法人白石陽光園が運営する障害者・高齢者のための施設です。

 白石陽光園は更生施設(利用定員50名、入所者有り)、あけぼの園は授産施設(利用定員50名、ショートステイ可能)です。

白石駅の近くで地域生活支援センター「ポレポレ」を運営しています。白石あけぼの園の「めん工房」ではラーメンを販売しており(1パック3食入り480円)、白石陽光園の「はな工房」では鉢植えの花を売っています。また、社会福祉法人白石陽光園(info@shiroishiyokoen.or.jp)では、県南障害者就業・生活支援センター「コノコノ」、県南生活サポートセンター「アサンテ」など宮城県南部で幅広く社会福祉事業を展開しています。この白石あけぼの園で、730日夜から82日朝まで、宿泊(参加者負担なし)と食事(有料、低額)を提供していただきました。とても感謝しています。

5 山元支援学校での障害者スポーツ大会に参加(731日)


 731日の朝、地域生活支援センター「ポレポレ」に立ち寄り、職員と一緒に車で亘理郡山元町にある山元支援学校のグラウンドに駐車し、体育館に行きました。

① 宮城県立山元支援学校

宮城県立山元支援学校(http://yamayou.myswan.ne.jp)は、「隣接する独立行政法人・国立病院機構・宮城病院に入院または通院の病・虚弱の児童生徒と、亘理町、山元町に居住する知的障害のある児童生徒が学ぶ障害併置の学校です。」「障害が重いなどの理由により通学が困難な児童生徒には、学校から教員を派遣して指導に当たる『訪問教育』も行っています。」

② 「手をつなごう みやぎ夏祭りイベント」開催

 山元支援学校体育館で開催されたスポーツ大会は、宮城県障害者スポーツ協会が主催する「手をつなごう みやぎ夏祭りイベント」です。私たちが会場の体育館に入ったときは、既に様々な団体が会場設営などの準備に入っていました。930分過ぎに、支援ボランティア全員のミーティングが行われました。私たち(4名)は「ポレポレ」の一員として参加したのですが、リーダーの方から「神奈川県から参加したボ

ランティア」として紹介を受けました。リーダーから、本日の業務内容として「遊具で遊ぶ児童達の遊び相手及びサポート業務です!児童の安全確保(怪我防止)、遊具の保全管理等をお願いします」との説明があり、体育館内の遊具の配置図が手渡されました。また、「遊んでいる児童に対し、必ず誰かしらがサポートについているよう(児童が1人であそんでいることがないよう)、お互いに声を掛け合ったり周囲に目を配ってください」との注意がありました。

③ 学生ボランティアと一般ボランティアの役割分担


 宮城県内の大学生のボランティアが20名前後参加していました。学生ボランティアは「原則として来場した児童1人(1組)に対し、1人が貼り付き(1対1)遊び相手になってください」と説明されました。私たちも含めて一般ボランティアと「指導協」(?)も合わせて20名前後参加していました。「指導協及びボランティアの皆さんは、原則として設置系遊具に貼り付き、児童がその遊具で遊ぶための保全管理を行って下さい。」と説明されました。

④ 「遊び教室」の開幕、あちこちで歓声が聞こえる、楽しい時間でした

 遊具の担当者をリーダーが特に決めなくとも、各人が回りを見て、手薄なところへ誰かが行くという形で、自然に役割分担が行われていました。(私がこれまで参加した被災地での瓦礫撤去や泥だし作業で、自然な作業分担を進めた作業責任者もあり、逆に詳細なことまでボランティアに指示しないと安心できない作業責任者がいたことを思い出しました。)

10時過ぎには、障害児とその家族が会場に入ってきました。最初は少なかったのですが、次第に多くなり、障害児とその家族、ボランティアが一緒になって遊具で遊びました。私も輪投げ、デスクゴルフ、ミニボーリング、フラフープ(50年ぶりにやった!出来た!)などでの役割分担を果たすとともに、自分自身が楽しみました。


 12時頃会場の片付け作業、最後のミーティングとなりました。主催者からボランティアに御礼を言われましたが、こちらこそと御礼を返しました(相互交流)。

6 宮城県南部の被災地を視察(731日午後)、亘理町の住民グループと交流

 午後から山元支援学校の体育館では音楽イベントが行われましたが、私達は車で宮城県南部の沿岸(山元町、亘理町、岩沼市、名取市)を視察することにしました。

① 宮城県亘理郡山元町、常磐線坂元駅付近

 第震災から4ヶ月経過したが、常磐線復旧の目途は立っているのだろうか?

坂元駅前の復興の目途は立っているのだろうか?

[坂元駅のプラットホーム跡

[錆びついた常磐線の線路








[壊れた駅舎だけが残る坂元駅] 

      

 [1軒の人家も見えない坂元駅前] 

② 亘理町、「亘理いちごっこ」の活動

 

亘理町の被災地を見てから、NPO「亘理いちごっこ」が運営しているコミュニティ・カフェ・レストランへいきました。(http://watari.ichigokko@blogspot.com

 ここを紹介してくれたのは、高津養護学校の教員をしていた女性です。結婚で移住し、亘理町にある学校に採用されて「いちごっこ」の女性たちと知り合ったそうです。その方の紹介で、いちごっこの代表である馬場照子さんに会いました。

 馬場さんのお宅は、浜からは距離があったために被害はさほどのものではなく、地元の復興のために何かしなければと考えて、炊き出しの手伝いや避難所に手作りの料理やお菓子を運んだり、ボランティアのテント村にお味噌汁やスープの差し入れをやっていたそうです。そうした中で、避難所での食事やボランティアの食事に新鮮なものがないことに気づき、大きく被災した町民とそれ程ではない町民の交流、町民とボランティアの交流の場として、コミュニティ・カフェ・レストランを開設しました。被災者には無料で、一般の人には500円程度の支援費を払ってもらって、新鮮な食材がある料理を提供しています。コミュニティ・カフェ・レストランを開設する場所は町行政と交渉して、当初は町の蚕業会館を借りて開始し、今は地主さんの協力を得て、この土地を貸してもらっているそうです。NPO法人の申請も行い、最近、NPO法人の認可を受けたようです。また、馬場照子さんには5人の子どもがあり、神奈川県の大学に通っている娘さんがいると話していました。

 馬場さんは、被災地での住民間の交流、住民とボランティアの交流を推進すること(「循環構造」)を強調していました。また、私が「かながわ避難者見守り隊」のボランティアとして、神奈川県の非常勤職員と一緒に神奈川県内に避難してきた方の家庭を訪問し、情報提供・傾聴・相談・連絡という被災者支援活動をしていることを話すと興味を示し、自分達もそうした訪問・相談活動を町行政と交渉して進めたいと話していました。

7「さわおとの森」(利府町)で障害者デイサービスを手伝う(81日)

 8月1日は、白石市のあけぼの園から、今泉さんの運転する車で、仙台市を通過し宮城郡利府町にあるNPO「さわおとの森」に行きました。ここは、かなりの交通量のある道路から坂道を登ったところに立地した施設でした。

ここは、障害児や発達に遅れのある児童に対するデイサービス、比較的障害の重い18歳以上の方に対してデイサービスを提供すること(生活介護)、ショートステイ(短期入所)、また、ホームヘルプサービス、行動支援、重度訪問介護、移動支援を推進しています。その他、利府市の市町村事業(「日中一時支援事業」など)も推進しているそうです。(はローワークで募集をかけているが、職員の不足に悩んでいる様子が感じられました。)

 私は、施設の責任者から説明を受けた後、デイサービス担当の職員のところへ案内され、職員を補佐して活動をしてくださいという指示を受けました。10時前後には、家族に送られてデイサービス利用者が到着しました。午前中は、障害者と一緒に、近くの公園に散歩に行きました。私は、坂道でバランスに注意しながら車椅子を押し、障害者と自然な感じで話ができるように努めました。初対面でもあり、言葉がよく聴き取れないこともあり、コミュニケーションが難しいものだということを実感しました。

昼休みは、職員や他のボランティアと一緒に交代で食事をとりながら、被災の状況や障害者施策などについて話し合いました。午後は、何人かの障害者とカルタなどのゲームや紙漉きの準備、「楽天」チームを取り入れた音楽入りの体操などを皆で行いました。夕方になると、施設の職員がマイクロバス等でデイサービス利用者を送っていきました。

 

8 みのり会「るばーと」(名取市)で障害者デイサービスを手伝う(82日)

① 津波で全壊した障害者施設「るばーと」

 大震災による津波で、沿岸にあった社会福祉法人みのり会が運営する通所更生施設「るばーと」と地域活動センター「らるご」(同一の建物)は壊滅的な被害を受けました。

 3月11日は、施設でイベントが開催されていましたが、津波情報を聴き、駐車していた大型バスで避難し、間一髪で難を免れました。しかし、施設利用者を車で迎えに来た家族が、津波に巻き込まれて亡くなったという悲しい話を聴きました。

この施設は既に片付けは終わっていましたが、再使用できる状態ではなく、移転・再開を余儀なくされました。片付けが終わった後、金目の物が盗まれるという被害にもあったそうです。

 建物の周辺には夏草が生い茂り、この施設だけでなく地域全体が何時復旧・復興できるのか、全く目途が立たない状況であると感じました。

② 仮施設で事業を再開した通所更生施設「るばーと」

 社会福祉法人みのり会は、3・11大震災前は、名取市内で、通所更生施設「るばーと」、地域活動センター「らるご」、相談支援事業「窓」、日中一時支援事業「ゆらり」、名取市みのり園(就労継続支援事業を市から受託)などの福祉事業を展開していました。大震災で、名取市みのり園を除く4つの施設が壊滅的打撃を受け閉鎖されていました。

 通所更生施設「るばーと」は、震災から1ヶ月もしない4月1日より、みのり園に近い場所に仮施設で事業を再開しました。6月1日からは名取市文化会館に近い場所に移転して仮施設で事業を継続しています(右上の写真)。こうした仮設施設を借りるときにも、地元の人の支援があり、また、各地の障害者施設の経営者の支援があったので、事業が再開できたと話してくれました。特に、神奈川県の施設関係者がボランティアで来てくれるなど、感謝しているというお話を聴きました。

 私は、施設の責任者から説明を受け、比較的軽度の障害者のデイサービスを手伝いました。午前中に、障害者及び職員の方と一緒にマイクロバスで大型ショッピングセンターへ行きました。集団的な行動が出来ない障害を持つ方が1名いましたので、私はその方を絶えず見守る役割となりました。障害を持つ方にはそれぞれ独特な行動様式があり、それを理解して見守ることが大切だということを実感しました。昼頃、無事に施設へ戻ることが出来て安心しました。さまざまなことに気を配りながら障害者の見守り活動をしている職員は素晴らしいと感じました。

9 今回の障害児者支援(交流)活動についての感想

① 関係者の必死の努力で「福祉事業は復興しつつある」と感じた

 活動を再開できた福祉施設を訪問し、活動に参加させてもらったので、宮城県内の福祉事業は復興しつつあると感じました。しかし、事業を再開できないでいる福祉施設やサービス事業者がどれくらいいるか、それで困っている障害者や高齢者がどれくらいいるかについては、まず行政が調査する必要があると感じました。

② 「支援」というよりは「交流」という言葉が相応しい活動であった

 今回の障害者施設や障害者スポーツ大会への支援は、瓦礫撤去や泥だしという建設業的な活動(ハード)とは異なり、障害者と支援者の交流、支援者相互の交流という内容(ソフト)であった。「支援」(被災者・被災地のニーズに即して何か役に立つことをしているという意味)というより、相互の「交流」という言葉が相応しいと感じました。別な言い方をすれば、本当の支援とは相互の交流だと思いました(亘理町の馬場さんのいう循環構造)。

③ この経験を自分の地域へ持ち帰り、日常の福祉活動の前進に生かす

 障害児者支援として展開された今回の活動を私の住む海老名市に持ち帰り、日常的な福祉活動に生かすこと、また、そうした活動をしている海老名市の人たちと一緒に、再び被災地の人たちと交流することだと思っています。

2011年8月20日土曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(17)

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8/16~18にみのり会るばーとで活動していただいたタニさんからの報告です。
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私は、るばーとに伺いました。初日はお休みの方が多く、あまり感じなかったのですが、全員来所するとやはりスペース的に余裕が無いなと思いました。

そんな中で、どの人も生き生きと活動されていて、居場所があることの重要性を感じました。
利用者の皆さんは、私達にも笑顔で関わってくれて、非常に嬉しかったです。逆に私達がパワーを頂きました。

るばーとの元の建物も見に行きましたが、皆さん無事で本当に良かったなぁと。奇跡的なことだと思います。
保護者の方は何名か亡くなられたと聞きました。あの建物を見てそのことを思うと、胸が詰まります。


復興にはまだまだ時間がかかるでしょうが、どんなに困難でも最後に残るのは愛だと信じています。私も自分にできることを継続していきます。どうもありがとうございました。

2011年8月18日木曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(16)

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◎感想◎(イトウエリ)

私は、8月9日から12日まで利府町、名取市、気仙沼市でボランティア活動をしました。
実際に現地に立つと深く感じるものがありました。
被災地を見たときは、どんな力をもってしても敵わない自然の脅威に、言葉が見つかりませんでした。

短期間の活動でしたが、知り合った多くの方々から勇気と笑顔をいただき、充実したボランティア活動が行えたと感じています。

どのくらい自分の力が役立てたかはわかりませんが、これからも様々なかたちで被災された方々への支援ができたらと思っております。

また、今回のボランティアの計画・実施してくださった方々に深く感謝しております。
ありがとうございました。

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(15)

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お疲れさまです。そしてお世話になりました。
8/8~12参加のナカムラです。

〈主な活動場所〉
①白石あけぼの園ポレポレにて、児童の遊び相手

②5代目歌のお兄さんの音楽祭(手をつなぐ会主催)見学、楽器作り、片付け

③さわおとの森「わのみ」成人の方たちの活動の手伝い、見守り

5日間のうち3日、さわおとの森「わのみ」に行きました。そこでの活動を中心に書きたいと思います。

最初は、ボランティアという立場で行って、本当に役にたてるのか?邪魔になるだけでは?という不安がありましたが、大歓迎して下さいました。
特に成人グループの「わのみ」にボランティアが入ることは少ないようで、喜んで迎えていただきました。

〈わのみ活動内容〉
・近くの公園までお散歩
・24時間テレビ予行練習?
→利用者さんが徳光さんのマラソンシーンを演じる脇で「サライ」「負けないで」をみんなで合唱。
・いすとりゲーム
・手遊びゲーム
・せせらぎ公園で水遊び
・ボランティアの先生との音楽時間
→ピアノの演奏を聞きながらみんなで楽器を演奏。
・お掃除のあとおやつタイム

職員さんたちは、看護師や保育士など、それぞれの立場で出来ることをされていたのが印象的でした。
職員さんの「わのみ」が大好きなんだという気持ちがよく伝わってきました。
温かくてアットホームな雰囲気に、ボランティアの私も馴染ませていただきました。

今回の活動で心がけたことは、利用者さんと触れ合いながら思い切り楽しむことでした。本当に楽しかったです。
一人一人の可能性を信じて接することの大切さを改めて実感しました。
3日間行けたことで、最初は感心を見せてくれなかった利用者さんにも少しずつ変化が見え、最後には笑ってくれたのが嬉しかったです。
そのときに、今回の出会いをこれで終わりにしてはいけない、と強く思いました。
「また必ず来ます」と約束してきました。今後私に何が出来るかは正直わかりませんが、私にできる範囲内で連絡をとっていきたいと思います。


<一緒の時を過ごした方たちへ>
たくさんの出会いがあり、とにかく楽しい5日間でした。温かくて個性豊かなみなさんと共に過ごした時間は、素敵な思い出です。
本当にありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願い致します。
またお会いできる日を楽しみにしています!

〈これから活動される方へ〉
暑さが厳しく、地震も続いています。お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。
また、なにか特技があれば披露できる機会があるかもしれません。きっと喜んで下さることでしょう。

長くなってしまいましたが、最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
今回撮った写真をアップしたいのですが、やり方がわかりません(>_<)
東京に戻ったら、今泉先生のパソコンへお送りするつもりです。
よろしくお願い致します(^^)

2011年8月16日火曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(14)

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8/8~12まで参加しましたMoriです。
勢いで1週間近くの活動を希望しました。若干後悔しながら
参加すると、不安はすぐに消えて充実した時間を過ごすことができました。
<活動場所と内容>
①「さわおとの森・わのみ」の利用者さんと仙台七夕まつり見学。
②「るばーと」の利用者さんたちとビーズづくり、食事介助。
③手をつなぐ会主催のスポーツ大会(気仙沼支援学校体育館)での設置遊具管理と見守り。
④手をつなぐ会主催のコンサート(5代目歌のおにいさんとともに)の参加者の楽器作り手伝いと見守り。
⑤高屋児童クラブ(門さんのワークショップ)の見学。
<参加活動した時のことをへたな歌にしました。>
○「るばーと」にて。
『「るばーと」のあの日を思いボラ終える 「またね」と言われて応える嬉しさ』
○「スポーツ大会」「音楽コンサート」にて。暑い体育館で参加者の方々に接して。
『8球目ストラックアウトのパネル抜け 館内に響く歓喜のハイタッチ』
『○○さんと名札の文字を呼ぶだけで 笑みで応えて旧知の仲に』
○「高屋児童クラブ」にて。門さんと小3・4の子どもたちがダンボールのカンバスいっぱいに
絵を描く元気な姿を見ました。参加児童の中には家を流された子もいると聞きました。


『伝えたい思いの色は黒く混ざり 小さき手にはクレヨン8本』
『花ネコうさぎの絵の横に君が描く 深海のダイオウグソクムシ』

楽しく充実した活動ができたのも、ともに参加された皆さんのお陰です。ありがとうございました。
準備されたImaizumiさんChinatsuさんには頭が下がります。一段落したら「大反省会」をしましょう。
これから参加される方へ、体調には気をつけて活動してください。

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(13)

高津養護学校のクドウです。8月10~12日に参加しました。
10日さわおとの森。デーケアの中高生に付く。午前、近くの川に遊びに行く。冷たく澄んだせせらぎ。オハグロトンボが舞っている。私が付いた少年は嬉々として流れに入り、上から下へ、下から上へ、飽きることなく歩き続ける。シャツを脱ぐ。ズボンを脱ぐ。青く高い空、太陽が照りつける。…戸外で水遊びができる用意をして行きましょう。午後は車で科学館へ。好奇心旺盛でスイッチ押しまくりの少年(午前とは違う子)とたくさんお勉強。
暑くて昼休みからぼーっとしてしまい、車の中ではひたすら寝てしまった。
この日は帰りの車の中でも寝て、夜も打ち合わせが終わるやいなや寝てしまいました。皆さんいろいろお話し、有意義な時間を過ごされたようですが。熱中症ではないかと心配をおかけしました。
11日さわおとの森。午前は未就学児のプログラムに入る。クーラーあり。音楽に合わせ身体を動かす。プール遊び。午後は泊まりの高校生女子と過ごす。カルタや絵本読み聞かせ。
12日るばーと。午前健診の付き添い、麦茶サービス。昼、食事介助。自分の弁当は容器をざっと洗いましょう。
昼休み、やや手持ちぶさた。一青年と目が合う。自分の肩を指さす。首を振るととても悲しそうな顔をする。肩をもんであげると喜び、部位を指示してくる。やめさせてくれない。私、腱鞘炎なのに。午後清掃。その後…肩もみ。車椅子の青年に名前を呼ばれる。近寄ると「ごめんね」。いいえ、と言って〓指を合わせる。肩もみ。ごめんね。繰り返し。
今回のボランティア、自分は力になるのだろうかと思いつつ参加しましたが、とにかく楽しかったです。楽しくやれるってことも、お互いにとって大切ですよね。一方、罹災された職員の方の話を聞いたり、被災地を見たりして、切なさ込み上げました。参加された皆さんや現地にいる藤迫さんのお話を聞けたのも、すごく大きなことでした。
今泉先生、ご一緒した皆さん、本当にありがとうございました。また行きましょう。

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(12)

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みのり会るばーとで活動しました(ナガイ)

今晩は。お疲れ様です。聴覚障がい者のナガイアサノです。 この間は色々とお世話になりました。初めてのボランティアで色々と戸惑いはありました。お絵かきしたりカード書いたり図書館へいったりしました。やってよかったです。知的障がい者のみんなも先生方も明るく笑顔いっぱいでした。先生方も優しく対応してくださり本当に感謝しております。そして色々考えさせられました。今度は1週間でもボランティアやりたいです。色々とありがとうございました。



被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(11)

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白石陽光園ポレポレ・さわおとの森活動報告(ツチヤ)

【活動場所】①白石陽光園ポレポレ/②さわおとの森

【活動内容】
小学校低学年から成人まで幅広い年齢層の利用者さんとお会いし、それぞれのケースに応じた活動内容をできる範囲で支援させていただきました。
車椅子利用者さんのトイレ介助は職員の方と一緒にでしたが、もたもたしてしまいご迷惑だったのではと思いました。利用者さんのリクエストで「大きな栗の木の下で」をほとんどエンドレスに電子ピアノ演奏しました(汗)。

②学齢期児童のレスバイトということで、利用者のお母さんもわずかに混じる中ちびっこの皆さんの遊び(屋内ゲーム・野外プールなど)相手・食事介助救護その他もろもろ。。。(散髪の助手まで!)

【感想】神奈川災害ボラネットにて被災地支援に関わりつつも、
現地での活動に参加できていなかったので、大変貴重な体験となりました。
企画運営された先生方に深く感謝申し上げます。
1日目と3日目伺ったポレポレでは地震の影響は見られず、ホールのテレビ画面でずっと「スタジオジブリもの」が流れていて、トトロが楽しげに飛んだり跳ねたりして利用者さんと和みました。
が、2日目名取市の被災地(元ルパート)を見学した後に大きな虚脱感を覚えました。ご家族が被災された利用者さんもいらっしゃるとのことでした。

【これからの参加者さんへ】たったの3日だけで何が。。。と思いなが現地へ向かいましたが、1か月分くらいの密度のある経験をさせていただきました。
帰り際、深々とお辞儀されるスタッフさんにますますこちらも首を垂れるほかない心境でした。

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(10)

気仙沼特別支援学校でのスポーツ大会ボランティアに参加しました
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   気仙沼支援学校でのスポーツ大会報告(オオハシ)

貴重な体験をさせていただきありがとうございましたm(_ _)m

会場で耳にしたみなさんのやりとりはリアルでした…
「無事だった?」、「流された?」、「今どこにいる?」…

弾けるようなみなさんの笑顔をたくさん見ることができました〓〓

「できる人が、できるときに、できることを、無理なくできるだけやる」

このことを意識して実践することができたら、ぼくたちは結構色々なことができる〓〓〓〓〓

大きな気付きでした〓〓〓〓〓〓

被害にあわれた方々の健康と安全を心よりお祈り申し上げますm(_ _)m
これからボランティアに行かれる方々のご健闘を心からお祈り申し上げますm(_ _)m

2011年8月13日土曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(9)

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8/8~12参加のOTいしわりです。

<お世話になったみなさまへ>
 元気な笑顔と笑い声に囲まれ、豊かな時間を共有することができました。
 企画・運営に奔走され、宿泊環境を整備して下さった先生方、
 毎日長距離運転し安全に活動場所まで連れて行ってくださる今泉先生、
 長距離を運転してくださった先生方、本当にありがとうございました。
 素敵な絵をたくさん描いてくださるKADOさん、
 みなさんに出会えたことは、私にとって夏休みのご褒美でした。


<活動内容>
・気仙沼音楽イベント:楽器作り補助、設営のお手伝い。
・通所(わのみ)・児童デイ(さわおとの森):各活動のお手伝い。OT相談。
・通所(るばーと):健診中の待機者の見守り。

<これからボランティアへ行く方へ>
・各通所のお手伝いは、活動当日に職員の方が各所へ割り振って下さいます。
 外出する活動も多いので、帽子、タオル、サンダルがあるとよいです。
・貴重品の管理は、宿泊施設の施錠可能な部屋に置いていくor自己管理です。
 各活動場所で、職員室の脇に荷物をかためて置くスタイルです。
・熱中症対策が必要です。水分と塩分の摂取、無理しないことは大切です。
・移動時の車窓から観音様が拝めます。
・ゆっぽの「けんちんうー麺」は日によって当たりハズレがあります
 (ハズレました…)。

<感想、私見>
 同じ被災地域内で各町・人の被災程度により見えない壁があることを知り、
 それぞれの立場でできることを考え、頑張っている「力強さ」を感じました。

 もし自分が被災してたら…何もかも失って一人になってしまったらと考えると
 私は「もう頑張れないと思う」という思いが強くあります。
 4月に訪れたとき、
 咲き誇る花々と対照的な無残な景色に胸を締め付けられました。
 物理的に少しずつ整理されてはいるものの、瓦礫の中でぴかぴかの墓石が増え、
 ラジオから行方不明家族の死亡認定のお知らせが流れる日常からは
 今もまだ何も変わっていないんだと感じました。

 これまで個人的に医療・教育関連の災害に関する論文を読みました。
 専門職(医師、看護師、各種コメディカル、教諭、保育士など)によって
 書かれた論文は、大きく3つに分けられる印象を受けます。
  ①初期対応の難しさ
  ②時期によって異なる必要な支援
  ③長期避難生活の支援の大切さ(孤独死の防止/自殺増加)

 これからは、③がとても大切ではないかと考えています。
 活動するにあたり様々なバイアスがあり、支援の難しさも感じますが、
 自分にできる範囲で、支援を続けていけたらといいなと思います。

 長々と読んで頂きありがとうございました。
 またいつかみなさんに会える日を楽しみにしています。
 お体を大切に、ご活躍をお祈りしています。
 ありがとうございました。

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(8)

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カドです。
8/9~8/12にお世話になりました。

白石市「みのり園」、「とも」でのACTYとのライブペインティングや、
名取市の「るばーと」、利府町「さわおとの森」、亘理町「いちごっこ」「高屋児童クラブ」にて
ワークショップをやらせていただきました。

私は絵描きなのですが、
今回、絵描きとして参加すべき時期なのか、とても悩みました。
現地では絵を描いている状態ではないのではないか、直接的な支援とならないのではないか、考えたからです。

現地に到着早々に、仮設住宅を訪ねたり、被災地で飲食店を開いている方のお話を聞かせていただきました。
震災後5ヶ月という時間がわずかでも被災地に住む方達の時間を未来へ進め始めたのか、
とても優しい笑顔、おおらかな笑い声、前に進んでいこうという強さを感じ取ることができました。

テレビやインターネットから得られる情報や映像では決して知る事ができなかった「そこに住む人々」の生の声を
聞き、ふれあうことで、真実は瓦礫の中にだけあるのではない事を知りました。

復旧復興という長い時間を要する大きな意味での未来に気持ちを向けるには、
震災後5ヶ月経っても一向に進まないのろまな日常の中で、「今日を明日に繋いでいく」という
「今」が必要なのだと思います。

結果、今回、僕はたくさんの人達と一緒に絵を描きました。
キャンバスに描かれた絵は、遠い未来ではなくクレヨンを手にした人たちの「今」です。
完成した「今」という絵を見つめる人たちの心に、わずかでも「未来」が生まれたのではないかと思っています。

一緒に絵を描いてくれた皆さん
どうもありがとう


日中のそれぞれの活動を終え、あけぼの園に戻ってくる陽気な有志たちとの語らいも大きな喜びとなりました。
ここにも1つ、それぞれの「今」と、大きな「未来」がありました。
それぞれがそれぞれの思いや志を持ちより、何かの縁でここで出会えた事を誇りに思います。


悲しい時間、うちひしがれた時間は「もう二度と」という気持ちを生み、
楽しい時間、おだやかな時間は「またいつか」という気持ちを生むのだと思います。

出会った皆さん

またいつか!


keep smiling
KADO

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被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(7)

ナカザワマミさんからの報告です
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先日は大変お世話になりました。
私は8/8~8/9までの2日間、名取市にあるみのり会るばーとに参加させていただきました。
活動内容としては、利用者の作業活動(ビーズ)の支援でした。
また、一日目は、利用者の食事介助もさせていただきました。
活動に参加した感想は、短い間でしたが、貴重な体験ができました。
まだ実習経験が少なかったので、特に食事介助の場面は難しく感じましたが、お忙しい中でも職員の方々が姿で示してくださったので、とても勉強になりました。

震災の爪痕はまだまだあるのに、いつも笑顔で力強く生きている利用者や職員の方々の姿をみて、私の方が勇気をいただきました。
何かしようではなく、今を生きていることを一緒に感じることが寄り添うことに繋がると学びました。

この経験を糧に、今自分ができることを精一杯やり大学生活にも活かしていきたいと思います。
また機会があれば、是非とも参加したいです。
ありがとうございました。

2011年8月2日火曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(6)

(トミナガさん)名取にある「るばーと」に行きました。
◇日時:8月1日(9:00~16:30)
◇活動内容:作業活動のサポート、昼食介助、清掃、ボランティアノートの記入

朝の会で、作業分担の確認があり、私は(利用者さんからの指名で)廃油回収の班に入りました。
2名の利用者さん、ドライバーさんと一緒に回収ポイント(公民館)へ行きました。地区のボランティアさん3名が既に回収を行なっており、その方達と共に活動しました。
地区ごとに設定した曜日で月一回、回収しているそうです。
11:30まで回収し、他の場所で活動していた方達と合流し、るばーとに戻りました。

昼食:1F(身障、重度の方が活動)の方の食事介助をしながらお弁当をいただきました。食事後、歯磨き介助。
午後は、1:30から活動。廃油班は、みのり会本部にある廃油を取りに行き、午前中の廃油と合わせてトラックに積み込み、道具の片づけをしました。

午後は、1時間程で作業終了。帰りの会になりました。
送迎バス見送り後、トイレ、食堂等の清掃。ボランティアノートの記入で終了になりました。

◇活動を終えて
津波被害を受けた前施設の状況を見た翌日に伺ったので、職員の方、関係の方のパワー、努力に頭が下がりました。
昼食の時には、食事介助のお手伝いをしましたが、利用者さんの状態、人数を考えると、厳しい現状だと思いました。
廃油の回収中、利用者さんの顔見知りの方数人が声をかけてくれました。また、一緒に廃油の回収をしたボラさんは、るばーと開設当初から関わっていらっしゃる方で、利用者さんの活動を大切にしながらサポートされており、そのことを新しいボラさんにも伝えながら活動されていました。
人のつながり、地域に出て行くことの大切さを改めて感じました。

お弁当代金(350円)払ってくるのを忘れました。皆さんご注意を!
8月10日にまた、伺う予定です。
トミナガさん[ひまわり]

2011年8月1日月曜日

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(5)

さわおとの森での活動(29日~30日)を報告いたします。(フジイさん)
よろしくお願いします。

●日時:7月29日~30日
   9:30~16:30
●場所:さわおとの森(宮城県利府町)

●活動内容
7月29日
午前:学童、ショートステイの子どもたちに絵本の読み聞かせ、かるたなどの遊び
排泄の補助
ショートステイの子どもたちを自宅に送る手伝い
午後:自由遊び(散歩)の時間に車で10分ほどの所にある公園に同伴。滑り台やブランコ遊び
おやつの配膳等の手伝い
七夕会(終わりの会)の準備、参加。ハンドベルや七夕音頭を一緒に行う

7月30日
午前:学童やショートステイの子どもたちと砂場遊びやブランコ
自閉症児に付き添う
午後:ショートステイや学童の子どもたちとマット遊び、あやとり遊び、かるた遊びなど
七夕会の準備、参加。ハンドベルや七夕音頭を一緒に行う

●感想
利府町の自然に囲まれたアットホームな施設がさわおとの森です。さわおとの森の事業については先日ササキ様が投稿されているので省略いたします。
子どもと職員さんの関係は家族のようでとてもあたたかかったです。経験もない私にもいろいろなことをさせてくださいました。施設規模はそこまで大きくあ
りませんが、震災の影響で利用者数が増え、職員の数が子どもの数に追いついていないような印象を受けました。子どもたちの中には、家が津波で流され、さ
わおとの森で2ヶ月ほど滞在した子もいたそうです。
私は主に自閉症やダウン症をはじめとする子どもたちのケアにあたりました。じゆう遊びの時間には絵本を読んだりカルタをしました。子どもたちはとても元
気で、知的レベルの高い子が多いように感じました。言語指示もすんなり入る子が多かったように感じます。
自由遊びも散歩やマットなどで子どもたちもとても楽しんでいました。ですがその分職員さん方の負担はかなりのものであるだろうともと思いました。行政か
らの介護職への手厚いケアを望みます。

●その他
・ 昼食は400円でお弁当を注文できます。当日の朝事務の方に伝えてそこでお金を払いました。
・ 上履きもスリッパを貸していただけます。おもちゃも施設内にたくさん用意されていました。

2日間という短い期間でしたが、とても楽しく過ごすことができました。取り計らっていただいたさわおとの森の職員さん、今泉先生には感謝でいっぱいで
す。ありがとうございました。

フジイイクノ

被災地障がい児者支援ボランティア活動の報告(4)

7月30日(土)白石陽光園「ポレポレ」での活動記録 マブチエイコ

30日 午後生活支援センター ポレポレにお手伝いに行きました。タイムケアです。今日は利用者が少ないということで五人でした。中三の男の子の食事介助を手伝い 彼は午後2階のボランティアを利用ということで ボランティアさんとプールに行きました。2階がボランティアの部屋だそうです。その後の利用者は四人、小学五年の男の子と重身十九歳男性、三十代と四十代女性 。男性職員とともにトランプをしたり テレビやビデオをみたりしました。職員はとても良く チーフは23歳の若手 落ち着き貫禄あり。室内は広くジュウタンでスリッパはいりません。畳の部屋には重身の男性がいました。とても良い経験ができました。
ありがとうございました。マブチエイコ